グラミー賞も、たかが賞。

2月はグラミー賞と降雪で始まった。
思えば、季節を感じることが少なくなってしまった気がする。
東京にはどこへでも行けるように、電車がうまく接続されていて、
乗り換えだけではなく、ビルにも繋がり、そこらじゅうがアーケード。
地元に帰れば、どこに行くにも車、車、車。
寒さや暑さを感じるためには、散歩をしなければならない。
冬なのだから、ちゃんと寒くなければいけないのに。
冷たい空気を肌で感じ、ちょっぴり雪が積もった道を歩き、冬を感じる。
そして初めて、春が来ないかなと思うのが全うなこと。
ところでグラミー賞の授賞式。
日本でいうところの、レコード大賞にあたるものと考えるならば、
さまざまな思惑によるものであることが大前提となる。
そうは言っても、さすがアメリカ、という豪華さに、
年末になると茶番劇を見せられている日本人としては羨ましい思い。
逆に考えると、日本レコード大賞に憐れみの視線しか注がれないという現実は、
しっかりと見据えているひとが多いという意味ではとても健全。
最優秀レコード賞に選ばれたのが、ロックバンドの作品であったことと、
フランスのバンドがオルタナティヴ・アルバム賞に選ばれたこと。
前者はキングス・オブ・レオン、後者はフェニックス。
この2つだけが、感嘆した部分。
『ユーズ・サムバディ』 キングス・オブ・レオン
だいぶ老けたというか、落ち着いてしまって、一瞬違うバンドかと思った。
最新アルバムは聴いていないし、1曲で判断はできないけれど。
テーマ:音楽PV視聴無料動画 - ジャンル:音楽
『ヴューフォリア』 スマッシング・パンプキンズ
スマッシング・パンプキンズが再び、大作を作ろうとしているらしい。
なんと、およそ44曲に渡るという。
ビリー・コーガンは、自分自身がスマパンだと言い切っている。
現にオリジナルメンバーはビリーだけだし、彼は中心人物だった。
だけれども当時は、誰もが知っている通り、スマパンはとても難しい、
個性が強くてぶつかりあう、そんなバンドとして君臨していた。
![Vieuphoria Live [DVD] [Import]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51VDR72Q4GL.jpg)

このDVDは『サイアミーズ・ドリーム』のころのさまざまなライヴを、
バンドのドキュメントを挟んで、収録されている。
いかにバラバラであったか、どれほど紅一点のダーシーが悩まされていたか、
病んでいるジェイムズとジミー、超短気で気ままなビリーの様子が、
そしてそこに解決策がないということが、手に取るようにわかる。
オルタナティヴの象徴かのようにもてはやされていたけれど、
実際のところは何でもありというバンドだったように思う。
悪くいえばめちゃくちゃなのに、作品はあまりにも繊細で美しかった。
2枚組の名盤『メロンコリーそして終わりのない悲しみ』を愛する者は多い。
きっと誰も操作していなかった。
しかし、見事なまでに緻密に音楽を創りあげていた。
スマパンが異質な存在であるのは、そういったところにある。
ドキュメントのまとまりのなさを挟んでみると、ナマモノとしてのライヴが、
凄まじい集中力による、固く結ばれた音の結集だったことがわかる。
これはまだ初期のころのもので、このあともよくバンドが続いたものだ、
バンドメンバー自体は既に崩壊しているように見えるのに、とも思う。
ビリーの才能は十二分にわかっているとしても、声も好きだけれど、
個人的にはやはり、ジェイムズ・イハが好きだ。
アコースティックでポップ、ヘタウマなボーカルもなかなかいい、
ソロアルバム『レット・イット・カム・ダウン』も愛聴しているけれど、
スマパンで寡黙にかき鳴らすギターの音は、ゾクゾクとしてしまう。
なんといっても、あのギターを弾く手元がたまらない。
イハくんの脱退が解散のきっかけになり、近年にいたってはビリーが、
「スマパンの解散を後悔している」とも発言しているが、
この2人の確執こそが、スマパンのギリギリの緊張感を保たせ、
あの繊細さや憂いを、轟音の中に紡いでいたし、
逆に言えば、あの緊張感はもう限界だったに違いない。
“仲良しこよしではできない”と仕事のことをよく言うものだけれど、
チームワークのよさで素晴らしいものを創りあげるパターンもあれば、
ぶつかりあう、仲の悪いときこそ、素晴らしい何かが生まれる場合もある。
というか、わたしは後者の方が、当たることが多いくらい。
モノを作るとき、必ずや緊張感というものは重要になってくると思う。
スマッシング・パンプキンズにはもう、その緊張感はないし、
ビリーも認めている通り、生み出そうとして生み出せるものではない。
瞬間、瞬間、として音楽は存在している。
一度終わったものは、再び動き出すということでしかない。
同じところへ到達するというのは、稀にしか行われないこと。
ビリー・コーガン=スマッシング・パンプキンズ。
新たなこの定義での大作は、否定するにも及ばない。
なんと、およそ44曲に渡るという。
ビリー・コーガンは、自分自身がスマパンだと言い切っている。
現にオリジナルメンバーはビリーだけだし、彼は中心人物だった。
だけれども当時は、誰もが知っている通り、スマパンはとても難しい、
個性が強くてぶつかりあう、そんなバンドとして君臨していた。
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このDVDは『サイアミーズ・ドリーム』のころのさまざまなライヴを、
バンドのドキュメントを挟んで、収録されている。
いかにバラバラであったか、どれほど紅一点のダーシーが悩まされていたか、
病んでいるジェイムズとジミー、超短気で気ままなビリーの様子が、
そしてそこに解決策がないということが、手に取るようにわかる。
オルタナティヴの象徴かのようにもてはやされていたけれど、
実際のところは何でもありというバンドだったように思う。
悪くいえばめちゃくちゃなのに、作品はあまりにも繊細で美しかった。
2枚組の名盤『メロンコリーそして終わりのない悲しみ』を愛する者は多い。
きっと誰も操作していなかった。
しかし、見事なまでに緻密に音楽を創りあげていた。
スマパンが異質な存在であるのは、そういったところにある。
ドキュメントのまとまりのなさを挟んでみると、ナマモノとしてのライヴが、
凄まじい集中力による、固く結ばれた音の結集だったことがわかる。
これはまだ初期のころのもので、このあともよくバンドが続いたものだ、
バンドメンバー自体は既に崩壊しているように見えるのに、とも思う。
ビリーの才能は十二分にわかっているとしても、声も好きだけれど、
個人的にはやはり、ジェイムズ・イハが好きだ。
アコースティックでポップ、ヘタウマなボーカルもなかなかいい、
ソロアルバム『レット・イット・カム・ダウン』も愛聴しているけれど、
スマパンで寡黙にかき鳴らすギターの音は、ゾクゾクとしてしまう。
なんといっても、あのギターを弾く手元がたまらない。
イハくんの脱退が解散のきっかけになり、近年にいたってはビリーが、
「スマパンの解散を後悔している」とも発言しているが、
この2人の確執こそが、スマパンのギリギリの緊張感を保たせ、
あの繊細さや憂いを、轟音の中に紡いでいたし、
逆に言えば、あの緊張感はもう限界だったに違いない。
“仲良しこよしではできない”と仕事のことをよく言うものだけれど、
チームワークのよさで素晴らしいものを創りあげるパターンもあれば、
ぶつかりあう、仲の悪いときこそ、素晴らしい何かが生まれる場合もある。
というか、わたしは後者の方が、当たることが多いくらい。
モノを作るとき、必ずや緊張感というものは重要になってくると思う。
スマッシング・パンプキンズにはもう、その緊張感はないし、
ビリーも認めている通り、生み出そうとして生み出せるものではない。
瞬間、瞬間、として音楽は存在している。
一度終わったものは、再び動き出すということでしかない。
同じところへ到達するというのは、稀にしか行われないこと。
ビリー・コーガン=スマッシング・パンプキンズ。
新たなこの定義での大作は、否定するにも及ばない。
『追憶のハイウェイ61』 ボブ・ディラン
8月に1発目の復刊が決まっている『anthem』。
現在の状況としては、まだここには詳細を書くことができないけれど、
構想や具体的な内容を練っているような段階。
と同時に、スタッフ以外にも力を借りたいひとに会っては、説明したり、
いろいろなアドバイスを頂戴したり、つまりはよく酒を飲んでいる。
昨夜行ったミュージックバーでは、60〜70年代のレコードを中心に、
マスターがマメにセレクトして聴かせてくれた。
そこでふとかけられたのが、あまりにも有名なこの名盤。


わたしにとってボブ・ディランは、大好きなアーティストのうちの1人で、
昨年リリースされた最新作まで、ほぼ全部聴いているのだけれど、
不思議なもので、こういう“ド・名盤”みたいなものって当たり前すぎて、
思い返せば久しく聴いてないな、ということになっていたりする。
2ヵ月後にはディランのライヴが控えているというのに。
頭の『ライク・ア・ローリング・ストーン』は改めて、凄い曲だと思う。
今や何ブームか知らないけれど、日本中どこでも流れてきそうなほど、
ポピュラーな楽曲になっているが、“Miss Lonely”の転落ぶりは、
バブルだろうが不況だろうが関係なく、人間が持つべき思想の破片。
それはもちろん、この作品に始まったことではないのだけれど。
しかしこの作品の何が衝撃かといえば、やっぱりそのサウンド。
エレキギターを持ったとか、フォークとロックの論争とかは抜きにして、
お世辞でもうまいとは言えない、それまでのディランのギターから一転、
マイク・ブルームフィールドが加わったことが要因なのだ。
これはもう、絶対なのだ。
わたしはもちろんまだ20代で、それほど音楽に詳しいわけでもなく、
リアルタイムの人間ではないけれど、断言してしまうほどに。
そして忘れてはいけないアル・クーパー。
ソロ作品ではかなりジャジーなサウンドを耳にすることも多いが、
このアルバムでは、勢いと不安定さがなんともいえず良くって、
ディランの世界観が見事に表現され、重みを増している。
妄想癖の男を歌った『やせっぽちのバラッド』までのA面が終わり、
B面に入るとまた『クイーン・ジェーン』で始まり、
タイトル曲へ盛り上がっていくというこの流れ。
アブラハム殺人未遂事件が歌詞に出てくるけれど、
アルバムタイトルの国道61号線はルーサー・キングが殺されたりと、
伝説の場所でもあって、当時のディランのセンスがよくわかる。
ちなみに最後の『廃墟の街』が、1番の聴きどころだと思う。
この曲には時代を超えた思想がある。
ディランは詩人とよく言われるし、確かにまったくそうなのだけど、
それ以上にわたしは思想家だと思ってしまうのだ。
買いかぶりすぎとわかっていながら、どうしても。
こんな名盤を、当たり前にいつでも聴けると思っているということは、
まるで危機感がないということでもある。
心から反省して、大切に聴き続けよう。
現在の状況としては、まだここには詳細を書くことができないけれど、
構想や具体的な内容を練っているような段階。
と同時に、スタッフ以外にも力を借りたいひとに会っては、説明したり、
いろいろなアドバイスを頂戴したり、つまりはよく酒を飲んでいる。
昨夜行ったミュージックバーでは、60〜70年代のレコードを中心に、
マスターがマメにセレクトして聴かせてくれた。
そこでふとかけられたのが、あまりにも有名なこの名盤。

わたしにとってボブ・ディランは、大好きなアーティストのうちの1人で、
昨年リリースされた最新作まで、ほぼ全部聴いているのだけれど、
不思議なもので、こういう“ド・名盤”みたいなものって当たり前すぎて、
思い返せば久しく聴いてないな、ということになっていたりする。
2ヵ月後にはディランのライヴが控えているというのに。
頭の『ライク・ア・ローリング・ストーン』は改めて、凄い曲だと思う。
今や何ブームか知らないけれど、日本中どこでも流れてきそうなほど、
ポピュラーな楽曲になっているが、“Miss Lonely”の転落ぶりは、
バブルだろうが不況だろうが関係なく、人間が持つべき思想の破片。
それはもちろん、この作品に始まったことではないのだけれど。
しかしこの作品の何が衝撃かといえば、やっぱりそのサウンド。
エレキギターを持ったとか、フォークとロックの論争とかは抜きにして、
お世辞でもうまいとは言えない、それまでのディランのギターから一転、
マイク・ブルームフィールドが加わったことが要因なのだ。
これはもう、絶対なのだ。
わたしはもちろんまだ20代で、それほど音楽に詳しいわけでもなく、
リアルタイムの人間ではないけれど、断言してしまうほどに。
そして忘れてはいけないアル・クーパー。
ソロ作品ではかなりジャジーなサウンドを耳にすることも多いが、
このアルバムでは、勢いと不安定さがなんともいえず良くって、
ディランの世界観が見事に表現され、重みを増している。
妄想癖の男を歌った『やせっぽちのバラッド』までのA面が終わり、
B面に入るとまた『クイーン・ジェーン』で始まり、
タイトル曲へ盛り上がっていくというこの流れ。
アブラハム殺人未遂事件が歌詞に出てくるけれど、
アルバムタイトルの国道61号線はルーサー・キングが殺されたりと、
伝説の場所でもあって、当時のディランのセンスがよくわかる。
ちなみに最後の『廃墟の街』が、1番の聴きどころだと思う。
この曲には時代を超えた思想がある。
ディランは詩人とよく言われるし、確かにまったくそうなのだけど、
それ以上にわたしは思想家だと思ってしまうのだ。
買いかぶりすぎとわかっていながら、どうしても。
こんな名盤を、当たり前にいつでも聴けると思っているということは、
まるで危機感がないということでもある。
心から反省して、大切に聴き続けよう。
テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽
小沢健二が90年代を歌う。

夜中の4時、『ライフ』を聴いている。
時折こうやって、取り出しては聴くことがあるけれど、今日は特別だ。
このアルバムは究極のポップミュージックアルバムだと思う。
どこまでも完璧な、いつでも安心して聴くことができる作品。
小沢健二が13年ぶりにツアーを行うことが発表された。
しかも“90年代の楽曲を中心”に、
当時のメンバーで(明確に言えば、故・青木達之氏は除く)、だ。
いつだってこのひとは、驚かせてくれる。
フリッパーズ・ギターの登場自体も、フリッパーズを辞めるときも、
ソロ活動での展開も、突然シーンからいなくなったことも、
環境音楽アルバムの発表も、映画上映会の開催も。
2006年に『毎日の環境学』がリリースされたとき、それをすぐに聴いた。
とても賢いひとだから、どんなことを考えているのかはわかった気がするし、
それと同時に、音楽としては理解したくないような気持ちになった。
啓蒙されているような感覚に陥ったからだ。
でも『うさぎ!』という小説を読んだら、そこには全うなことが書いてあって、
持ち味の痛烈なメッセージが、シニカルに表現されている。
音楽活動をしていたときと、まったく同じように。
その間の活動はひふみよのインタビューで垣間見ることができるけれど、
まさか、フィールドワーク的なことまでしているとは思わなかった。
今はまだ分からないことがある。
ソロを始めたときに、フリッパーズの音楽を批難するような発言をしたように、
映画上映会のときには、ソロ時代の音楽活動に対する質問に答えず、
他人から聞いた話だから確かではないけれど、否定的だったようだ。
いつも少し先を歩いているから、テレビ番組に出ているのを見ながら、
思った通りに動く世の中に、呆れているのだろうなと思っていた。
つまりただそれが、続いていたように思っていた。
だけれど今、小沢健二は90年代の自身の音楽を再び演奏する。
その心境がまだ、意図が分からない。
続きを楽しみに待ちたいと思う。
ちなみにひふみよのインタビューは、彼の政治的な思想もわかりやすく、
とても面白いと思うので、ファンじゃないひともぜひ。
テーマ:本日のCD・レコード - ジャンル:音楽
サニーデイ・サービス、再び。

ローディー主催のライヴイベントが開催された。
こういうコンセプトは珍しい。
でもバンドを集めるという意味では、非常に手っ取り早い方法かもしれない。
主催者は1日中、舞台袖で働き続けなければならないけれど。
いやしかし、それを目的で行ったわけではなかった。
再結成してからのサニーデイ・サービスを、未だ見れていないわたしは、
ようやく、ついに、このときが来た!と新木場へ向かう。
開演は14時。
久しぶりに昼間の明るい時間に外に出て、陽射しが眩しい。
そしてこんな時間から、ビールが飲める。
長丁場に渡ることもあってか、屋台も出ていたりした。
コンセプトがコンセプトなだけに、出演バンドに統一性はない。
ZAZEN BOYS
a flood of circle
音速ライン
monobright
サンボマスター
サニーデイ・サービス
SCOOBIE DO
これら7バンド。
お客さんの出入り激しく、アクト中もロビーにひとがたくさん。
順番も掲示されていたし、それぞれに選別しているのだろう。
やることがないので、途中で抜けたりしつつも、一通り見てみた。
ZAZENは毎回思うけれど、もしかして予定調和なの?というほど、
抜かりなく畳み掛けているのに、いつもちゃんと違う。
昨年のイベントで、エレカシの宮本さんも言っていたけれど、
どれだけ練習してそこまでなるのか、すごい。
a flood of circleは初めて知ったバンドだったけれど、
なかなか懐かしい感じのロックで、若いのかパワーがあった。
さすがこういう、盛り上げる努力を惜しまないバンドの中だと、
サニーデイ・サービスが浮いて見えるのは明らかだった。
だけどさすがベテラン。
ペースを崩さない。
登場するや否や、ステージの上はすっかりあのころのままで、
タイムスリップしたみたいな感覚に陥ってしまった。
『忘れてしまおう』が始まったときは、心臓が止まるかと思うほど。
こんな風にライヴでドキドキしたのはどれくらいぶりだろう。
10年以上前の曲を、色褪せないまま聴かせてくれる。
これこそが名曲であって、リスナーにとっての宝物なのだ。
曽我部さんの音楽は、ソロもソカバンもランデヴーもどれも好き。
だけどサニーデイのサウンドに乗るときの声は、格別に好きだ。
アンダーフラワーレコードのファンだったわたしからしてみれば、
ベテラン中のベテランという、神様に近い存在なのだけど、
時を経た今も、サニーデイは初々しかった。
『経験』も、『恋におちたら』も、泣きそうになってしまって、
だからすべてが良かったけれど、まだ聴きたい曲もたくさんある。
もっともっと、ライヴが見たい。
新作ができて、それがとてもいいって、3人は笑っていた。
「ああ、アルバムってこんなにいいんだ、って思うはず」という、
曽我部さんの言葉はまさに、音楽のあるべき姿を導き出していて、
導いてくれるひとがいることに、音楽ファンとしての幸せを感じる。
演奏された新曲は瑞々しくて古臭くって、味が染み出ていた。
サニーデイはサニーデイとして、蘇ったのだと思う。
続いていたのではなく、一度ちゃんと終わらせて、
ちゃんともう一度、始まったのだ。
とにかく早く新しいアルバムが聴きたい。
春くらいには出るという。
ライヴもまた、暖かくなるころに見れるだろうか。




